はしのーと

◇旅する絵描き実践録

風船を渡すようにお皿を下げたい。

もしも「ちょっと嫌に感じたこと」が、

たんぽぽを見つけた晴れの日のように

”嬉しい発見のきっかけ”になるなら、

悪くないなと思うのだ。

 

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hashino の 日記 2019.09.07 

 

 

「失礼します、お済みのお皿お下げします!」

とあるカフェにて1人勉強をしていた時に、若いアルバイトの男性が、

まるで草原に急降下するツバメのごとくまっすぐな声で、私のサラダの皿を下げにきてくれました。

 

その接客を受けて思ったこと。

 

「…丁寧じゃないなあ。」

 

その時の私が、周りの音を忘れるくらい集中状態だったこともあって、

横から槍のごとく飛んできた彼の声に、文字通り飛び上がってしまったのです。

 

まとめていた知識たちが地方発泡に転がっていって、くっきりハの字眉を浮かべたのですが

店内をチラリとみても苦情を言ったり、床に皿を叩きつけている客の姿は見当たらなかったので

私も文句を言わずに会釈して、勉強に戻ることにしました。

 

期待をするから絶望が生じるのだ。そんなことを考えながら。

 

 

 誤解をしてほしくないのですが、これは彼を批判したいだけの、

「それ誰得なの?」という記事にするつもりはありません。

 

ただ、

”形式的な理解”に基づいた行動というのは、

時にマイナスにもなるのだと。

 マックのお姉さんが

便宜的に0円スマイルをしてくれるのと同じように、

アルバイトの彼はきっと、”皿を下げる挨拶”というものを形式的に理解しているのかなと

そこから、私はどうかな?と思うわけです。

 

 

もし仮に彼が、お客を「丁寧に」みようとすれば、

私が集中していることに氣がついたかもしれません。

 

そして皿を下げる時でも控えめな声掛けをするなど、

工夫をしようと思い至ったかもしれません。

 

そういう接客はマニュアル通りの形式的なそれではなく、

相手の状況に合わせて対応する本質的な接客であり

レベルの高いコミュニケーションです。

 

 

あなたが欲しいのはこれですか?

と、風船を渡すようにやわらかで優しいやり取り。

 

  

しかしカフェの彼に限らず、

私含め多くの人が丁寧さを無視している(あるいは意識すらしていない)場面が多いような気がします。

 

よくよく聞いていると、お互いが自分の話しかしていない日常会話だったり、部下から相談を受けているのに、自分の意見を押し付けてしまう上司であったり。

 

丁寧に生きなくてもノホホンと生きられてしまう現代だからこそ、

雑に物事と関わっても支障は少ないのかもしれません。

 

 

ちなみに、丁寧さの反語「雑さ」は、

日本語の「けがれ」という言葉に対応しています。

「けがれ」は、漢字にすると「氣枯れ(ケガレ)」

汚いなどの汚れではなく、「氣」が「枯れる」と書きます。

つまり相手に対して氣を使えない、愛と関心を持てていないことを、本質的な意味で「雑」と言うのです。

 

要は目の前の一つに、本当に愛と関心を持って集中しているのか??

 

私自身よくやってしまいがちなのですが

誰かと会話をしていても、会話や相手そのものではなく、自分の頭の中の情報で相手を見てしまう(限定してしまう)ことがあります。

 

「この人は女性だから感情的になりやすいかな」とか、

もっとわかりやすく言えば、

髪が金色の人を見てすぐ「チャラい人だ」と決めつける、とか。

…それはね、雑だろと。

何よりも自分自身への戒めとして思うのです。

 

相手がどんな想いを抱えていて、どんな生き方をしてきたのか、

今何を求めているのか…。

本人をまっすぐ見つめないままで、相手が分かるはずもないのに。

 

丁寧に話を聞く。

丁寧に情報を読む。

丁寧に観察する。

 

 

 

ノホホンと生きられる現代で

「丁寧さ」を実践している人はとても少ない。

少ないからこそ、やればすぐ、頭一つぬきんでる。

 

そして目の前の一人ひとつを大事にする姿勢で関われば、

結果として最短経路で目的地にたどり着きます。

 

もしアルバイトの彼の接客が非常に気の利いたものだと私が感じれば、私はお客としてまたあのカフェに行くでしょう。

そして彼のことを褒めて口コミが広がれば、もしかしたら彼は今より良い、そして他のアルバイトよりも待遇の良い労働条件を手にできるかもしれません。

 

もちろんその結果を彼が求めているかは皆目わかりませんが。

(バイトをしているくらいなので、ある程度はニーズがあると思いますが…)

 

つまり自分は「丁寧な接客をする」という以外には何もしなくても、口コミという他人の力を使うことで

最小限の努力で、目的を達成できる。かもしれないのだと。

 

決して他力本願で生きるマインドが最重要だと言いたいわけではないけれど、

人を動かせる力があるというのは、人生の豊かさに直結すると思います。

だから私自身は、これからも丁寧さを追求したいなと。

そんなことを思った一件でした。

氣づかせてくれたアルバイトの彼に改めて感謝です。

人は必要な時に、必要なことが起こるものですね。

読んでいただいてありがとうございました。

 

hasino.

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